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2011.05.18     カテゴリ:  写真 

   石碑

金浜のお寺の下にあった石碑。
明治29年6月15日とあるので、明治三陸大津波ですね。
石碑に書かれている「海嘯」とは今でいう「津波」のことなんだそうな。
子供の頃は漢字が読めなくて気にもしていなかったけど
この年になって初めて津波の石碑だったことに気づいたのでありました。
resize2012.jpg








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毎日ご苦労様です! また、写真もありがとうございます。
金浜のお寺さんは実家で檀家です。お寺さんも被害がひどいようですね。あの高台まで津波が行くなんて、、先日東京いる同級生が田舎に1日だけ行ったそうで、話を聞きました。友人の家は在ったそうですが、中が滅茶苦茶で壊すそうです。テレビで見るよりも宮古はひどい被害と言っておりました。
 本当に現地にすんでいる人は大変と思います。お体をお大事にして下さい。また、ガンバローとテレビで言っていますが、たまには休養をして下さい。
明治29年と昭和8年の大津波は三陸地方に甚大な被害をもたらしました。
喉元過ぎればなんとやらで、時の流れとともに記憶が風化していって、伝承もすたれてしまいがちでした。今では「昔大津波があったそうだ」っていう程度の認識しかもたなくなった感が否めません。それでも実はハマの人間であれば誰しも必ずいつかは再来するであろうことは心の片隅にありました。

今回それが現実のものとなりました。

この惨状を後世に伝えるのは今を生きている私たちの責務です。それが将来の津波災害を防ぐ方策につながります。なんぼ防潮堤他のハード面のみを充実させても、それは片手落ち、犠牲者は防げません。一人ひとりが高いレベルでの防災意識をもたないと、悲劇は繰り返すんじゃないでしょうか。
nonnkiさんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。
お寺は住居が流されましたが、本堂部分は大丈夫そうでした。
今は瓦礫は一塊に整理され廃棄を待つばかりです。
2ヶ月でまだ1日しか休んでいませんが、最近は力仕事もなくなったのでなんとか頑張れています。
お気遣いありがとうございます^^
アイヴォリーさんへ

津波の伝承が難しいのは、周期が数十年と長いのもありますよね。
でも今回は、いろんな人が津波の映像を記録していたので
後世にとってとても貴重な財産になると思います。
私はスマトラの津波をYouTubeで見てから津波の本当の恐ろしさを知りました。
百聞は一見にしかずです。
後世に伝えるには写真だけでは無力だと思うので、これから生まれてくる子供達には映像を見せて津波の怖さを教育していくのも大事だと思います。
ハード面には限界があると思うので、私も一人ひとりの津波への知識と対応の強化が必要だと思いました。
明治三陸大津波もかなりの死者だったんですよね。
今回の津波はその時以上と聞きますから、こわいですね。
蛸の浜の上まで津波が来たのは江戸時代以来だそうです!
ていうか、江戸時代にもこんな津波が来たんですね~!!
マチャさんへ

うちの父はチリ地震津波の時も家を流されたそうです。
しかも今回は自宅と倉庫兼住宅と市内の店舗と私の車です。最悪ですT_T
もう金浜には家を建てられませんね・・・。




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